定時制高校卒業した高校4年生の大学生活~ときどき思い出~

中学校まで優等生で通ってきたのに、県内有数の進学校に進学してはじめての挫折!4年かけて高校卒業した上京先には、想像もできなかった日常が待っていて…………!?学生寮のなかまたちと大学生活のカオスな日常。

人には人の人生

 

安いからという理由でジェットスター取ったら荷物の重さ的に値段はスカイマークと変わらなかった。羽田に行くスカイマークにしとけばよかった。まぁいっか。ちょっと後悔。うん、でも学んだね。荷物が多いときはスカイマーク、手ぶらで行けるときはジェットスターにしようと学んだ。どうも高校4年生です。

 

 

飛行機にもいつのまにか慣れて、離陸前に寝落ちし、気づいたら空の上。きっと今回の飛行機の操縦士は操縦がすごく上手いに違いない。私は今日横浜に帰る。

 

この1週間、色んなことがあった。
特に大きかったのは、家族と向き合ったこと。家族と搭乗手続きで別れるとき、涙を堪えて目を合わせなかった父。21年間のわだかまりを解いて、ようやく再スタートできるような、そんな気がする。

母は、ようやく自由になれたと泣いた。生まれて初めて母がボロボロ泣くところを見た。クリスマスもハロウィンもお祝いしていいことが嬉しいと泣いていた。同時に、こどもたちに七五三をしてやてなかったこと、遠足のお菓子を買ってやれなかったこと、習い事をさせられなかったこと、休日は教会にお参りばかり行って遊びに行かせてやれなかったこと、大事な成長期に食事を制限してしまったこと、たくさんの後悔を聞いた。
私も泣いた。ずっと抱えてきた苦しかったこと、他の人と一緒にできなかったことが蘇ってきて、大学に行った3年間、ずっと親のことが憎かったこと、絶縁しようとしていたことも話した。
だけど後悔はしてほしくなかった。色んな思いをしたけれど、どれも全て経験になり、私のターニングポイントになっているから。全ての出来事が血や肉となり今の私を作っているから。


「もう大丈夫。過去は変えられないし、お父さんやお母さんが愛情だと思ってそう育ててきたことも今なら分かる。お父さんもお母さんも色んな過去や背景があって、縋るものがなくてこの宗教にたどり着いたんだもんね。その背景を無視して、純粋に信仰している人に「神なんて信じるなとか」「宗教やめろ」とか言ってごめん。ずっとお父さんとお母さんのことは嫌いだったけど、親以外のたくさんの人に恵まれてきて、自分のなりたい姿も定まった。過去には戻れないしずっと憎かったけど、3年間悩んで考えて出た答えは、やっぱりお父さんとお母さんが大好きだっていうことなんだ。だから絶縁するとかじゃなくて仲良くしていきたい。私は自分で幸せになりに行くから、今後も見守ってて欲しいし、親と子じゃなくて一人の人として向き合っていきたい」

 

久しぶりに家族5人が揃って、色んな話をした。初めて宗教関係なく行った旅行が本当に楽しかったと父と母は笑った。無論私と弟は全く覚えていなかったけど。父と母の馴れ初め、弟が宗教に入って嫌だったこと(幼少期から弟は食わず嫌いだったが、その理由が肉や乳製品の代わりに出されていた大豆肉や魚が苦手で、ご飯に味噌汁をかけたものしか食べるものがなかったと話していた。)父と母の過去。父は、今は亡き祖父からずっと暴力を振るわれていて、殺したいくらい憎かったという。このままでは祖母と妹にも被害が出ると思い縋る思いで入ったのが宗教だったという。祖父が亡くなる3日前、祖父から電話がかかってきて、母に変わって欲しいと言われたらしい。ずっと祖父を憎んでいた父は、母と電話を変わらず、そのまま切ってしまった。声を聞いたのはそれが最後で、その3日後に家で亡くなっている祖父が発見された。「あのとき電話を変わればよかった」と、ずっと後悔していると父は話した。
母は、4人兄弟の3番目で、年の離れた兄と姉、弟がいる。かなり亭主関白だった家庭で、弟ばかり可愛がられ、女である母は行きたいところにもやりたいこともさせてもらえなかった。そんなとき、20歳でリウマチと鬱になり、母も宗教に縋りに行ったという。


2人の話を聞いて、両親だけではなく人は絶対に色んな過去や背景がある人生を持っていて、自分にも他人にも人生があることを意識せずに会話していたことを後悔した。親しくならないと自分の過去や経験なんて話さないけれど、だから、これからはどんな人にも人生があると思い接していこうと思った。